マルルゥは知っている  You will know it!……サモンナイト3SS


 

 そこにはかつて、召喚士達の住居があった。

 海に沈む夕日を堪能できる特等席だった丘は、あの闘いで焼かれ、廃虚となってしまった。

 燃え残った石柱。すすけた壁。草むした石畳。

 そんなものが幽かにヒトの気配を残すその場所は、冒険好きの子供たちでさえ近寄らない。

 日没時、夕日を背景に黒々と立ち上がる残がいの目立つその場所のことを……

 島民は「夕闇の墓標」と呼んでいる。

 

 その日その場所が戦場に選ばれたことを、護人たちは程度の差こそあれ「不吉」と感じた。
 それから慌てて己に言い聞かせた。……過去の出来事とは関係ない。偶然の一致だと。

 そのはずだった。しかし。

 それなら、今眼の前に広がっているこの光景は何だろう。

 爛れた錆色の重さに耐えかねたように、その身を海に沈めようとしている夕陽。
 島全体を覆う赤褐色の光は、遥か昔から変わりない。
 だが、丘全体を染める赤色は夕陽のそれではない。

 時刻はちょうど凪にさしかかり、風がふつりと止まった中によどむ……血の匂い。
 こんなものは闘いではない。殺戮だ。

 護人達は知っている。
 かつて、己の力を過信して、それを振るうことに何のためらいも持たなかった「奴等」のことを。

 「そんな。……にんげんが……あんなふうに…………」

 かろうじて呟いた少年が、その場に激しく嘔吐する。
 まさに「血祭り」。彼は言葉の示す状態を目の当たりにしてしまったのだ。

 それでも彼の心が砕けてしまわなかったのは……。
 尊敬する「先生」が、未だ闘志を失わず、敵の首魁を睨み据えていたからにほかならない。
 両手で剣を構え、荒く息を整えてからレックスが叫ぼうとしたその、時。

「どーしてこんなひどいことするですかっ!!」

 甲高い声が、先生の頭上から降ってきた。
 声の持ち主はレックスの眼前を通過し、まっすぐ長髪の男に向かっていった。

「マルルゥ?」

 驚いたレックスが伸ばした手を、彼女は軽やかにすり抜けた。
 先生の声など耳に入らないように、マルルゥは男に指を突きつけ、びしびしと文句を言う。

「たいちょーさんの仲間さん、痛がってます! あやまるですよ! 島の皆にも!」

 オルドレイクは鼻先で笑った。小妖精の言葉など、耳に入れる気もないのだろう。
 無視されたマルルゥはぷーっと膨れ、大胆にもオルドレイクのそばまで行って、叫んだ。

 

「悪い子はお仕置きですよ、ハゲハゲさん!!!」

 

 ……………………ひゅぅぅぅぅ。
 止まっていたはずの風が、丘の上を吹き抜けた。

(は、はげ?!)

「……おーい、マルルゥ?」
 正気か? と問いたいのを押さえて、ヤッファが声をかける。

 振り返りもせず、マルルゥは厳かな口調で断言した。
「マルルゥにはわかるですよ。あの人は、ハゲハゲさんなのです!!」

 必死で息を詰めたのは、オルドレイクの背後に控えていた戦闘員達である。
 もしここでうっかり笑ったら、盟主の逆鱗に触れるのは目に見えている。
 島へ派遣された兵たちは、イスラという少年に降りかかった災厄のことをよく知っている。
 あんな目にはあいたくない。シャレにならない。

 そのためにすることはだた一つ。全員、死ぬ気で笑いの衝動を押さえる羽目になった。

 かくして。
 無色の派閥構成員、最大にして最悪、地味なだけに凶悪な闘いが、無言のままに開始された。

 そのとき、不気味に静まり返って集団の中から、小柄な人影が歩み出てきた。
「お下がり! 無知にして下等な獣」
 凛と響く女性の声。
「禿げるのは男らしさの象徴ということも知らないのですね」
 断固たる口調で告げたのは、白い僧衣の美女。オルドレイクの妻ツェリーヌである。

 ……フォローになってないですツェリーヌさん。ってーか、ハゲは確定ですか。

「だまってちゃダメなのですハゲハゲさん!」
「うるさい、この小蝿めが!」
「マルルゥ、はえさんじゃないです!」

 子供の喧嘩である。

 そのとき、ウィゼルがオルドレイクの背後から静かに告げた。
「撤退しよう」
「! なんだと貴様……」

 火を噴きそうな視線で睨まれても動じず、ウィゼルは前を指さした。
 そこにはすっかり忘れられたレックスが、ただ一人で「何か」の衝動に耐えていた。
「あれを見ろ、オルドレイク。奴の感情が今シャルトスにどんどん蓄積されている。
 このままだと、何が起こるかわしにも保証できん」

「……」言葉に詰まるオルドレイク。
 継承者の小僧も(いまいましいことに)笑いをこらえてるのだろう。

 爆笑の波動が篭りまくった魔剣。
 そんなもの、断じて欲しくない。存在自体許しがたい。

「わかった。一同、退くぞ!!」
 オルドレイクが告げ、その場での戦いは回避された。

 

 その場を納めた功労者はマルルゥだろう。
 それは皆も認めるところだが……。

 彼女はその日、「あんなヤバいやつにつっかかるな」と
 と、ヤッファから徹夜で説教される羽目になったようだ。

 

 おわり


 い・い・わ・け

 1,2からプレイしている人は、ヤングオルドレイクに驚いたそうですが、3からの私は攻略本でオールドオルドレイクの生え際に笑……じゃなくて、びっくりしたのです。

 この後どうなったかは責任を持ちません(^^;) 文頭でシリアスだと期待した方、ごめんなさい。

 

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