アリーゼのマネマネ奮闘記 A double personality?

 


 昼なお暗い霊界集落。
 しかし「暗い」のはあくまで視界的な話で、雰囲気はそうでもない。
 薄暗くても陰気な印象はない。ここを守る護人が「ほんわかさん」のせいか。
 他の村との交流が盛んになってからはなおさらだ。
 今も妙に賑やかな音楽や手拍子が響いている。

「次はターンエンドキック! 左に回ってジャンプ! 
 ふぉふぉ、ついてこられるかのぉ」

 少女がじじむさい口調で喋る声が聞こえる。

 指示に合わせて踊りつつ、(私の声で、あんな喋り方はやめて欲しいな)とアリーゼはいつも思う。
 激しい動きについていけないのではない。
 おじいさん口調で叫ぶ自分の声、これを聞くたびに笑わずにいられない。
 笑えばどうしても動きは止まる。
 これで「勝負アリ!」と言われては、納得がいかないところだが……。

「ふむ。完璧じゃな」
 マネマネ師匠に認められ、アリーゼはにっこり笑った。
 今日は何とか最後まで踊り通すことができた。

 満足そうに汗を拭いていると、キユピーが飲み物を運んできてくれた。
 この集落の水は、島内で一番冷たくて美味しい。

「とうとうやりとげたようじゃな、アリーゼよ」

 薄いラベンダー色の髪を左右でくくり、濃紫のスカートを身に着けた少女が話しかけてきた。
 マネマネ師匠アリーゼバージョンである。
「よく頑張った」と言われて、アリーゼは嬉しそうに頬を染める
。そんな素直さを好ましげに見ていた師匠は、少女が何か言いたそうなのに気付いた。

「……あの。質問があるんですが」
 そら来た。

「ワシの正体かな?」
 笑いながら答えたが、アリーゼは真剣な面持ちで彼(?)を見ている。
 軽く頷いて見せると、少女は小さな声で問うた。

「私では、他の人の姿になることはできないですか? マネマネ師匠みたいに」
 ふむ。師匠は首をひねり、どう答えたものかと考える。

「できんことはないが……。ワシの力はイタズラ専用じゃぞ? それ以外には使わせんが」
「! じゃ、できるんですね」
 縋り付きそうなアリーゼをなだめつつ、師匠は彼女から詳しく話を聞きだした。

「なるほどな。あの若造に……」
 別人の姿を借りて、レックス先生に聞きたいことがある。
 アリーゼはそう言った。マネマネ師匠はそれを「楽しいイタズラ」だと判断した。

(いつも笑顔のレックスが、生徒にだまされて慌てるところが見られる?)
 ナイスじゃないか……と師匠は思った。

「うむ。踊りの褒美に、今夜だけ特別に叶えてしんぜよう」
「ありがとうございます!」

 

 

 

「よし。目を開けていいぞ」
 声をかけられ、アリーゼは薄目を開く。
 目の前にはパープルに染まった自分がいた。もちろんマネマネ師匠である。

「もう……変身したんですか?」
「もちろんじゃとも。ほれ、そこの水鏡で見てみるがいい」

 師匠に言われ、アリーゼは手近な泉のそばに座る。
 水面には別人の顔が浮かんでいる。
 鋭いまなざしが自分を睨んでいるように感じられ、思わず目をそらした。

「完璧じゃろう?」師匠が得意そうに問う。
 そうですね、と生返事をしつつ、アリーゼはいつものクセで右手を胸に当てる。

「あ!!」
 自分の身体にはないふくよかな弾力に触れてしまい、おもわず手を放す。

(おとなの人の……身体)
 やっと自分が「あのひと」になっているんだという実感が、湧く。
 嬉しいのか怖いのか判らない、ただ心臓だけが激しく脈打つ。

「感動するのも良いが、時間はあまりないぞ。深夜、月が昇る時がタイムリミットじゃ」
「ばれない……ですか? 色が違うし」
「暗ければわからんよ」

 でも……とためらうアリーゼの肩を叩いて、師匠はこう付け加えた。
「頑張ってなりきることじゃな。
 いいかな? コツは『自分であることを忘れる』ことじゃ。あとはどうとでもなる」

 けっこういい加減なアドバイスだが、アリーゼは小さく頷き立ち上がった。

 

 

 

 たしか、満月は数日前だった。星明かりをたよりに歩きながらレックスは思う。
(どうしてこんな、月のない時間を選んだのかな?)
 片手に握りしめた手紙。そこには『会いたい』という短い一文と、場所及び時間が記されていた。

 帝国軍は事実上崩壊し、この島を戦乱に巻き込んでいるのは無色の派閥である。

 奴等は船をベースにしているらしいので、この時間なら出くわす可能性は低いかもしれないが。
 用心にこしたことはない。
 指定された海岸につくと、確かにそこには人影が見える。灯さえ持たず佇む女性。

「アズリア?」
 呼びかけに応じて振り向いたのは、彼を呼びだした本人だった。

「静かに」という身振りをし彼女は、何故かそのまま立ちすくむ。
 困ったレックスは、やはりとりあえず立ち止まった。
「やあ」と声をかけてみるが、アズリアの表情は硬いままだ。

 双方しばらく語りかけるきっかけを探す。

 やがて、先に口火を切ったのはレックスのほうだった。
「星が……」
 その言葉につられて、「彼女」が天を仰ぐ。

「すごいな。こんなにたくさんの星、はじめて見た気がする」
「遮るものが無いからだろう」
 呟くように「彼女」が答えた。

「何処で見ても、星は星だ」
 挑戦するように言い切って、「彼女」は一瞬だけレックスを見上げた。

(だ、大丈夫よね。アズリアさんって、いつもこんな感じ……)
 レックスの隣に立つアズリアは、アリーゼの変身した姿であった。
 必死で彼女の話し方を思いだしながら、改めて……思う。

(私、先生とアズリアさんの会話をこんなに覚えている)
 うらやましかった。あんなふうに普通に対等に、お喋りがしてみたかった。
 思い悩むアリーゼに、レックスが答えた。

「うん。でも、誰と見るかでちょっとは変わるかもしれない」
 再びレックスの横顔を見上げ、アリーゼはつい呟いてしまった。

「そうみたい……です」
 レックスがわずかに身じろぎした。ばれたのかと思い、アリーゼは思わず一歩下がる。

 再び落ちた沈黙。今度は「彼女」が口を開いた。
「レックス、に……聞きたいことがある」

「うん」
 アリーゼは沖合を睨んでいる。

 慎重に言葉を探しているのか、話が続かないまま時間だけが過ぎてゆく。

「わたしのことを、どう、思っている?」
 唐突に切り出され、レックスはさすがに驚いた。
 実は言った本人も驚いているが、彼もそこまでは推察できない。

(ああ、どうしよう。いきなり聞いちゃった。でも、これ以上喋ったらばれそうなんだもの)
 悩み多きアズリア姿のアリーゼであった。

「勤勉、真面目、皆勤賞、班長……」
「え?」
「負けず嫌い。俺の知り合いの中では間違いなく一番だな。あ、プライドの高さもかな。
 勇気も決断力もあるし、目下の者には優しい。君を部下たちが信頼していたのは、よく理解できる」

 軍学校のことでもを思い出しているのか。
 箇条書き状態で連ねられる「レックスから見たアズリア像」。
 指を折って数えている姿に、安心と苛立ちが同時に込み上げてくる。

「待って! わたしの聞きたいのは……」
「君の心はとても強くて、とても優しい」
 レックスに静かに言われ、アリーゼは息を呑む。

「俺はいつも、人をかばうことを考えてしまうけど。君はいつでも人が自分で歩けるように仕向ける。
 君に助けられた人が、ほとんどそれに気がつかないようなやり方でね。
 初めてそれに気付いたときは、こんなやり方があるんだと目からウロコが落ちたよ」
 一歩、レックスが近づく。

「優しさを支えるには強さが必要なんだと……君を見ていて思った。そんなところが……」
 また一歩、レックスが歩む。アリーゼは呼吸を止めたまま、頑固に視線をそらす。

「ずっと前から、好きだったよ」
 ああ……と、声にならない呟きが漏れる。

(こんな言葉を聞くはずじゃなかったのに)
 ただの友達だと。同級生だったと。そう言ってもらうはずだった。

 そう言って欲しかった。

 それはアリーゼの夢。

 一方的で身勝手な思いに過ぎなかったことを思い知らされてしまった。

「こないで」
 いつの間にか目の前に立っていたレックスに、弱々しく呟くアリーゼ。

「ごめん、いきなりこんなことを言って」
 でも、今日なら聞いてもらえそうな気がしたんだ。
 ……その言葉は「彼女」の耳の傍で発せられた。

 思わず顔を上げると、恐ろしく間近にレックスの顔がある。
(大人の身体だと、こんなに近い)
 そんな場合じゃないのに、レックスの深い瞳の色に見入ってしまうアリーゼ。

「……あの……」
 ダメって言わなきゃ! 心の中で警告が響く。
 だがアリーゼは指一本動かせない気分だった。

 彼女の背後に回され、おずおずと抱き寄せようとする大きな手。
 レックスがかすれた声で呟いた。

 

「アズリア……」

 

 アリーゼのこころが、しんと冷えた。お腹の中に氷の塊を呑み込んだ気分だった。

「いや」
 甲高い悲鳴が上がる。
(わたしは、アズリアさんじゃないです! 私を見て、先生!)

 駄々っ子のように叫び続ける自分を押さえるためには、とにかく必死で口を押さえるしかなかった。

「アリーゼ? ……君、どうしてこんなところに……」
 小さな声で問われて我に返る。気がつくと術は解け、少女は普段の姿に戻っていた。
 目の前には、真っ青になったレックス先生。
 あやまらなけりゃ、とまず思った。
 しかし今になって身体が震えて声が出ない。涙が止まらない。
 してはならないことをしてしまったと遅ればせながらに、気付く。

 だらりと下がっていたレックスの両手が、堅く握りしめられるのが見えた。
「アリーゼ!」

(先生、怒ってる?)
 当然だろう、と思った。アリーゼは呼吸を止めて、叱られるのを待つ。

 「アリーゼ…………。ごめん」

  少女の中の氷が一気に沸点に達した。
 どうして? どうして先生が謝るの? わたしが泣いているから?
(そんなにわたしは……子供なんですか?!)

「先生なんか、大っ嫌い!」
 アリーゼの声に、召喚獣は正しく反応した。
 霊界の住人タケシーは、レックスの頭上に盛大な雷を落とした。

 激しい落雷は、カイル一家の船からもはっきり見えたという話である。

 

 

 

 

 激しく疲労しているにもかかわらず、どうしても眠気が襲ってこない。
 仕方なくレックスは一人、甲板に足を運んだ。

「遅かったじゃないか」
 声をかけられ、振り返る。そこには月の光を浴びて立つアズリアの姿があった。

 アズリア……と呼ぼうとしたが、その名を心に描いただけで胸が痛む。
 沈黙するレックスを気遣わしそうに見るだけで、彼女は何も言わなかった。

「アリーゼは……どうしている?」
 しばらくしてレックスが問う。アズリアは軽く微笑んで答えた。

「泣いている」
 そうか……と、深くため息をつくレックス。

「今はファリエルが面倒を見ている」

「よかった、彼女がついていてくれるなら安心だな」

「ずっと貴様にわびていたぞ」

「そうなんだ?」
 悪いのは俺の方なのにな、とレックスが呟く。そうか? とアズリアが返す。

「アリーゼはほんの茶目っ気で、君に化けたんだと思う。それなのに俺が……」
 ちらりとアズリアを見て、首をすくめる。

「俺が妙なこと考えたせいで、怯えさせて怖い思いをさせた。やっぱり謝らなくちゃいけないと思う」

「からかわれたのは貴様の方だろう? なのに謝るのか?」
 面白そうに問われ、レックスは黙って海を見つめる。

 さっき「彼女」が見続けていた海を。

「アリーゼが何をしたかったのかは判らないけど、やっぱり俺が悪い気がする。なんとなく」
 しばらくしてかえってきた答がこれであった。

(その「したかった」何かが大事なんだろう、この朴念仁)
 いっそ全てぶちまけてやりたい気もするが、そんなことをしてもアリーゼは喜ばないだろう。

「君には判るのか?」
 何がわかるのか、は問い返すまでもないだろう。

「まあな、でも貴様には教えない」
 えー。と返され、アズリアはくすくす笑う。

 あまりに鈍くて、ときどき殴ってやりたくなるが、やはり嫌いにはなれない。

「一言忠告しておく」
 アズリアが言うと、レックスは背筋を伸ばして真顔になる。

「まずは、アリーゼの詫びを聞いてやれ。で、貴様は余計なことを言うな。いいか?」
「わかりました班長」

 直立不動、敬礼までしてレックスが答える。
 敬礼をかえし、アズリアが笑う。
(しばらくはこの状態が続くんだろうな)

 何しろ、いつのまにかレックスの心が「一歩進んで三歩以上さがって」しまったのだから。
 アズリアの関与できないところで。
 だからと言って、アリーゼを恨んだり嫌ったりする気にはなれない。

 こうなったら。

 (わたしがアリーゼを見習うのも悪くないか)と、内心思うアズリアであった。

 

 

 おわり


 い・い・わ・け

 ギャグと思わせてシリアス! レクアリと思わせてレクアズ!

 期待を裏切られたとお感じの方に謝っておきます。ごめんなさい。

 ってーか最初はギャグだったんです。
 思いっきり挙動不審なアズリア(なりきれてないアリーゼ)に翻弄されるレックス先生、という話。

 だからサブタイトルがdouble personality(二重人格)だったんですね。

 あげくタケシーを食らうし、アズリアさんに殴られるし、ギャレオさんに「ロリコン」とののしられるし。
 レックス先生良いところ無しな完全ギャグ……のはずでした。

 それが、海岸のシーンを書いているうちに熱がこもってこんなことに。
 自分では「甘々だよ、ひえー(^^;)」って感じなんですが、いかがなものでしょう。

 

 アリーゼのやったことって、身も蓋もなく言えば
「自分勝手のあげくに逆ギレ」ってことになるんでしょうが……。

 ティーンの女の子って、あんな感じだよね?ね?

 ↑色々冷や汗モノの思い出がある作者

 

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