弟子入り志願  Please become my teacher! ……サモンナイト3SS

 その日、アティはアルディラと打ち合わせの後、優雅に午後のティータイムを楽しんでいた。

「クノンのお茶、とても美味しいです」
 心のこもったほめ言葉に、クノンは微笑みで答えた。
 最近、クノンはごく自然にこの表情を浮かべるようになった。

 身も蓋もなく言うならば。
「複数の会話によって得た情報が、彼女の感情回路に飛躍的な進歩を与えた」
 ……ということになるだろうが。

 理屈はどうでも良い。
「クノンが笑う」
 それはアルディラにとってもアティにとっても、喜ばしいことだった。

 

 

「あら、もう暗くなってるわ」
 お喋りを楽しむ時間は、過ぎるのが早い。
気がつくと窓の外は淡い紫色に染まっていた。

「大変。私帰らないと」
 そう言いつつ立ち上がったアティは、律義に自分が使ったカップ類をキッチンに運ぼうとした。

 ところが、その足もとでは『24時間フル稼働』の掃除機君が静かに仕事中だった。
 彼らと共通のセンサーを装備しているクノンなら、接触することはない。
 だが、アティは生身の人間。

 その上若干「ドジっ娘属性」付きである。

 掃除機君のホースにつまずいたアティは、絵に描いたような見事さで転んだ。
 びたぁん! と、世にもいさぎよい音が響く。

 両手が塞がっていたにもかかわらず顔を打たずにすんだ、反射神経の良さを褒め称えるべきか。
 とにかく。
 バンザイポーズで床に倒れ、両手の向こうに帽子が飛ぶ。

 さらに壁にぶつかったトレイが滑り落ち、ひと呼吸おいて「ぐあんぐあん」と鳴った。
 その手のスキルでも持っているんじゃないかとつっこみたくなるほど見事な「コケ」であった。

「……大丈夫?」
 手を貸しながらアルディラが問う。照れ笑いを浮かべながら、頷くアティ。

「クノン、手当てをお願い」
(この子ったらどうしたの? いつもなら真っ先に手を出すはずなのに)
 言いながら、内心首を傾げるアルディラ。

 

「おお」

 

 クノンはアティを凝視している。両手を胸に当て、何やら感動の面持ちで呟いた。
「ずっこけはお笑いの基本。素晴らしいものを見せていただきました」

「ええっ?!」
 無意味に服の埃を叩いていたアティが立ち上がり、叫んだ。

「師匠が『アティはんにはボケの才能がある』とおっしゃっていたその神髄、確かにこの眼で」
「ちょっと待ってえ!」

 クノンがわざわざ口まねまでした『師匠』とは、オウキーニのことである。
 彼女が「マスターアルディラに笑ってもらいたい」からと、彼の元に弟子入りしたのは少し前である。
 クノンは非常に真面目な生徒だが、今のところその努力が実を結んでいるとは言い難い。

「ツッコミを極めるにはボケも学ばなければと最近思っていたのです。
 アティ様、私を弟子にしてくださいませんでしょうか」

 ヤだ。と即答しなかったのは、人の良さ故か。
 あるいは、既に身に付きつつある家庭教師というスキルのせいかもしれない。

「うーん。それは私には荷が重いというか、力不足というか……。
 お役に立てないように思うんですけど」

 オトナ言葉でいうところの拒否なのだが、クノンには通用しない。

「いいえ。自覚がない。それこそがボケの最上級、『天然ボケ』だと師匠が申しておりました」
「…………(ぼそ)オウキーニさんっっっ…………」

 横でアルディラがくすくす笑っている。 彼女の言いたいことをもちろん理解しているのだろう。
 アティが恨みがましい視線を送ると、いつものポーカーフェイスを一応取り戻して見せた。

「とにかく無理です。今はそれどころじゃないし!」
「もっともです。では、無色の派閥を片付けてしまえば問題なしかと」
 燃えないごみは日曜日……と同じ口調でクノンがさらりと言った。

 「ボケの修業の邪魔」
 ……ンな理由で壊滅させられる敵役。史上最悪である。

「そうじゃなくて! とにかく私には無理です!」
「どうあっても引き受けていただけないのですね」
 アティの意志が固いと知ったクノンは、ため息をついて肩を落とす。

「仕方がありません。それでは先ほどの映像を元に自学自習することにします」
「え”?!…………今なんて言いましたかクノンっ!」
 がくがくと肩を揺すぶられながら、クノンは冷静に答えた。

「ですから、先ほどの芸術的な転倒の映像です」
「撮ったの? いつの間に?!」
「私には、いざというときのための緊急録画機能が付加されています」
 誰がどんな事態を想定して、看護人形にそんな機能を付けただろう。
 ロレイラル奥が深い。

「もちろんプライバシー保護機能もついています。使用しますか?」
「……なんですかそれは」
 すでにアティは半泣きである。
「通称モザイク。判りやすく言うと映像の一部をぼかして、人物を特定できないようにする機能です」
 そこまで言って、クノンはふと言葉を途切れさせた。

「……そのモザイクですが。やはり顔にかけるべきでしょうか。
 それともスカートの中身の方に……

「映像まるごと全部消しなさいっ!!! コピーも禁止!! いいですねっ!」

 視線をそらして笑いをこらえていたアルディラが、ついに吹き出した。
「あ、あはは! あなたたちったら、もう……」

 本邦初公開かもしれないアルディラの爆笑。
 それを目の当たりにして、クノンは不器用に感激を表にあらわした。

「やはりアティ様はただならぬ才能をお持ちのご様子。ここは、何としてでも弟子に……」
「絶っっっっ対イヤです!!」
 ついにイヤだと言い切ってしまった。

「ご迷惑にならないよう、まずはオルドレイクを片付けてきますが、いかがですか」
 今のクノンなら、本気で実行するかもしれない。
 お腹を抱えて笑いっぱなしのアルディラは頼りにならない。

「……誰でも良いから助けてぇ」

 

 今まで、『逃げる』という行為を選ばず、けなげに前向きに闘い続けてきたアティ。
 その彼女をして、はじめて「とおくにいきたい」と思わせた一瞬であった。

 

 おわり

 

 


 い・い・わ・け

 クノンはツッコミよりボケの方が合うんじゃないかと思っています。

 頑張ってる彼女は大好きです。

 そういうわけで『クノン応援SS』でした。

 この二人のやり取りは、ぜひまた書きたいと思います。

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