◆ 見つかってしまいましたか(汗 でかすぎる隠し部屋にようこそ。
◆ こっそりと、オリジナルをアップしてみます。昔書いた吟遊詩人の物語です。


思い出してあの唄を

  

「ふう……」
 空を見上げ、旅人は汗を拭った。

 港町セントールから、歩くこと丸二日。
 穏やかな内海に伸びた岬の先端には、人の住む気配は、ない。

 ごつごつとした岩の上にへばりつくわずかな緑が、炎天下にさらされた目に優しい。
  海上を渡るユリカモメの群だけが、遠くかすかに生命の存在を伝える。
  断崖絶壁に閉ざされた岬。およそ人間が生活できる環境ではない。

「あと、少し。う〜〜ん。今夜は野宿ね」

 そんな場所で何をする気なのか。
 旅人は荷物を担ぎなおし、ひたすら岬の最先端を目指す。

 派手な柄のスカーフに包まれた頭を振り、歩き続けるのは若い娘。
 背中には背負い鞄とリュート、そして弓矢。

 耳や腕には粗末ながらも金細工。長い足を覆う巻きスカート。
 それなのに、ストールの下に見えるのはレザーアーマー。
 旅芸人にしては物々しいし、傭兵や護衛にしては装備が軽すぎる。
 そんな彼女を見て「冒険者」だと気づく人間は、少ない。

「……ん、しょ……と」

 最後に身の丈をはるかに上回る大岩をよじ登り、娘はため息をついた。

「やっと……ついた♪」

 くるりと体を回しても、目にはいるのはほとんど海。
 実にその視界の五分の四を海がしめる。

 たしかにそう見られる光景ではない。が、物好きなことにかわりはない。
 彼女の目的が、観光だったとすれば……だが。

「さて。とりあえず焚き火を作りたいですね」

 独り言を漏らし、娘は道すがら拾ってきた枯れ枝を積む。
 傍らに荷物を下ろし、袋を開けて……

「あ♪ 夕焼け」

 のんびりと呟き、空と海を見つめる。
 岬に吹き付けてくる風は、情け容赦なく強い。

 それでも彼女は身じろぎもせず、微妙に色を変えて行く夕暮れの空を見つめ続けていた。
 目を細め、古い民謡を口ずさむ。
 風にさらわれ、声はちぎれて消えてしまうが、それでも唄は止まらない。

 娘の名はツァイベル。吟遊詩人にして冒険者。
 今、この一瞬はただの「唄好き」にすぎない。

 

 ぱちぱちという、枯れ枝のはぜる音。
 他に聞こえるのは、断崖絶壁に打ち付ける、波の砕ける音。

 それ以外、どんな気配も伝わってこない岬の夜。

 若い娘が一人でいる場所ではない。
 だが、曲がりなりにも冒険者を名乗るだけあって、度胸は座っているらしい。

 小さな焚き火を前に、ツァイベルはリュートを抱え、夜空を見上げている。
  無意識のまま、指が弦を爪弾く。
  静かに流れるリュートの音色。不思議と、風の音にうまくとけ込んでいる。

 

 ♪血よりも赤き 夕暮れが 大地を命の 紅に染める

 ♪哀れなるかな 幽けき(かそけき)三日月

 ♪黄昏に飲まれ 西の海に 沈む

 ♪月を慕いし 獣の遠吠え 荒野の果てに ついに 届かず

 ♪悲しきかな 片思いの 咆哮

 ♪闇夜を 引き裂き 西の空に 消える

 

 ♪月光 白虹 去りしのち

 ♪我らに残るは 常闇か

 ♪日々の疲れも 心の傷も

 ♪すべて隠して 癒せと誘う

 ♪白光 星屑 控えめに

 ♪我らを見つめ 祈りをこめる

 

 ♪眠りを欲する 我らの心

 ♪優しく抱く 腕(かいな)を求め

 ♪今はただ 休みたい

 ♪子供のように 眠らせて

 

「……あなた、歌手なの?」

 突然、闇の中から声が聞こえた。ツァイベルとさして変わらない、若い声。

「ええ。今日は訳あって、朝までここで唄います」

 焚き火から視線を外していたツァイの目でも、声の主の姿は視認できない。
  それでも。微笑みさえ浮かべ、彼女は語りかける。

「こっちにきませんか? 春とはいえ、さすがに冷えますよ」

 ふっと。闇がこちらに移動してきたような錯覚を覚える。
 だがそれは、黒衣の女性だとすぐに判った。

 黒いシニヨン。黒いレース。手袋も、着ているドレスも皆、黒。
  腕に抱いたショールさえも、黒。

「わたくしは……大丈夫……でも、娘が……」

 呟きながら、ショールを固く抱きしめる。

「ここは風も当たらないから、座りましょう。ね?」

 身体をずらし、柔らかく招き寄せる。
 仲間たちが聞いたら、(あのツァイに、こんな優しい声が出せるとは!!)と、驚くだろう。

「……ひとりですか? ああ。お嬢ちゃんがいましたね」

 たずねるツァイの方を見ようともせず、女はぽそっと呟いた。

「ひとりですの。でも、唄が聞こえたから……」

 凍えているのか。怯えているのか。
 女の声は掠れ、ともすれば闇に溶けそうな印象さえ、ある。

  そんな彼女の様子に、ツァイが柔らかな微笑を向ける。

「いい子ですね〜〜」

 その一言で。はじめて女が顔を上げた。
 とはいえ、黒いベールで覆われた顔が、見えるわけではないのだが。

「いい子なんです。わたくしにはもう、この子しか……」

 すがりつくように我が子を抱きしめる女の腕は、細い。

「歌が好きなら、子守歌を唄ってあげればいいのに」

 再びリュートを爪弾きながら、気楽そうにツァイベルが誘う。

「子守歌……」

 ベールの向こうの表情が、一瞬だが透けて見えた……ような気が、した。
  女は無防備に泣きじゃくっていた。

「……思い出せませんの。あんなに毎日唄っていたのに……。
 毎日、朝から夜まで。小鳥のようだといわれていましたわ」

 女から視線をそらし、ツァイはリュートを弾き続ける。
 せっかく招いた「客」の話を聞く気があるのかないのか。
 小さな声でナニカを口ずさんでいたりも、する。

「歌を聞くのは、本当に久しぶり……」

 腕の中の子供は、身動き一つしない。それを優しく揺さぶりながら、女は呟いた。

「ねえ、唄ってくださいません? 娘のために子守歌を」

「いいですよ。お嬢ちゃんと……あなたにも、ね」

 ツァイの返事に、再び身を震わせる女。

「楽しいときも、悲しいときも。いつも唄っていたんですのよ。
 どうしてわたくし、忘れてしまったのかしら……」

 そのつぶやきには答えず、ツァイは居住まいを正してリュートを抱え直す。

  

 ♪ 天の声 響きて 山嶺輝き

 ♪ 星の歌 囁きて 銀海眠る

 

 ♪ 暗闇の中 手探りで 母を呼んだ 幼い日

 ♪ 湖の底で 魚たちが眠り

 ♪ 森の奥深く 鳥たちが安らぐ

 ♪ 闇は暖かい 魂の褥(しとね)

 ♪ 迷うことなく ここまでおいで

 

 ♪ わたしの声を 道しるべに

 ♪ わたしの歌を 羅針盤に

 

 

「ああ……。本当に、どうして忘れていたのかしら……」

 うっとりとした口調で、女が呟く。
  ツァイは瞳を閉ざし、一心に唄い続けている。

 

 

 ♪ 瞼閉じ 耳ふさぎ 心とざし 

 ♪ 光を見失いし 魂よ

 ♪ 天も地も 忘れはしない

 ♪ 星も月も 忘れはしない

 ♪ あなたのために 歌い続ける

 ♪ 大地の恵みよ 揺籃(ゆりかご)になれ 彷徨う魂  優しく受け止め

 

 

「……」

 女の声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。いや。
  声だけではない。いつしかその姿さえ、かき消すように見えなくなっていた。

 

 

 ♪ 矢折れ 力つき 疲れ果て

 ♪ 道を見失いし 魂よ

 ♪ わが元に来たりて この胸で眠れ

 ♪ わが声に惹かれて 我と共に眠れ

 ♪ 思い出を擁いて 醒めぬ夢を

 ♪ 天地の恵みよ 腕(かいな)をひらけ 迷える魂  永久(とわ)に眠らせ

 

 星の瞬く音が聞こえそうなほどの静寂の中、ツァイベルの唄だけが響きわたる。
  力ある言葉が紡ぐ、「呪歌」。

  

 ♪ 我が眠りと共に 癒されよ魂

  

 唄が、終わる。死者のための子守歌「鎮魂歌」であった。
  女がいた場所には、黒いショールに包まれた固まりが残っているのみ。
  ツァイベルは大きくため息をつき、ようやく肩の力を抜いた。

(お嬢ちゃんに、会えた……かな?)

 渾身の「呪歌」を歌い終えた脱力感で、ガックリと身体が崩れる。
  これで良かったのか、実はよくわからない。
 ある意味力技で彷徨う魂を昇天させたのだから。

 それでも。

(うん。わたしにはこんなことしかできないし。恨み言があるなら、あの世で聞きますね)

 取り残された気分を持て余しつつ、膝を抱えうずくまる。
 …まだまだ夜明けは、遠い。

 

 

 

 この岬に、若い女の幽霊がでるという話を聞いたのは、実はセントールでのことだった。 
 港町にすむ友人を訪ねたとき、夕食の話題になったのだが。

「若い未亡人がね、夫に先立たれた寂しさで死のうとしたんだって。  
 ところが、娘を手にかけたのに自分は死ねなくて。
 まあ、人に見つかって助けられちゃったのね。
 それから……毎日我が子を捜して半狂乱になってね。
 『わたくしの娘を、返して!!』とか
 泣いたり叫んだり、大変だったらしいの。
 変な話よねぇ。自分で殺しといてサ。
 忘れるならいっそ、全部忘れちゃえば良いのに。

 でね。ある日、見張りの隙をついて家を出ちゃって。
 どうもその、岬から身を投げたらしいのよ。
 なんでわかるって?
 いやね。出るんだってば。その女の幽霊が。
 子供を抱いて、毎晩歩き回ってるらしいの。
 うっかり声をかけると、崖下に引っ張られるっていう、噂。
 どうしてそんなことするのか判ンないけど。
 ……子供に未練執着して、どこにもいけなくなっちゃったのね、きっと。

 ちょっと……かわいそうかなーとか、思う。
 ここの教会の神官が、『手が空いたら供養に行く』とか言ってたけど……」

 

 その話を聞いた翌日。ツァイベルは自ら志願して、岬に出向いたのだった。
  同情……では、ないと思う。
  むしろ、心弱いその母親に「しっかり!」と言ってやりたいくらいだった。

 だが。それも生きていての話。
 狂った魂として彷徨い続けるには、あまりに寂しすぎる気がしたのだ。

(絶望の後ろに、ちゃんと愛情があったのに……)

 そっと手を伸ばし、黒い包みを引き寄せる。
 中に見えるのは。

 目がちぎれ、鼻ももげた哀れな姿のテディ・ベア。
 彼女のしぐさを思い出しながら、不器用な手つきで抱き上げてみる。

(あなたは……ひとりで天国に行けたのに……ね)

 幼子の魂は、ここにはいない。
 子守歌でくるまれて育った子供は、母を信じて天に召されたのだ。

(おかあさんは、ちゃんと子守歌を思い出したかな?)

 天を仰ぎ、祈りに近い気持ちで思う。
 せめて。せめて好きだった歌を思い出して欲しいと。

 吟遊詩人の唄う百の鎮魂歌も、母親の歌う子守歌にはかなわないのだから。

 ……少なくともツァイベルは、そう信じている。

 

 吟遊詩人にして冒険者。晴れ時々壁新聞記者。
 「スチャラカ芸人」としての呼び名の高い彼女だが。

 実はこうして、浮かばれない魂の鎮魂も続けているのだった。

  その理由は……いずれ、話す時がくるかもしれない。

 

 

おわり

 

 


 いいわけ

 

このお話の設定は、ソードワールドRPGというゲームを参考にしています。

いくつかある魔法設定の中に、呪歌があります。
この魔法、とにかく使いにくい。

敵味方無差別に効いちゃうわ、モノによっては発動に時間がかかるわ。
好きこのんで「吟遊詩人」を使う物好きのの顔が見てみたい!! 
…というほどです。

いや(-.-;) わたしのことなのですが。

もうこうなったら、シチュエーションの方を「呪歌」にあわせてしまおうと。
あれこれ知恵を絞り、「呪歌」をテーマにしたお話を書いてみることにしました。

 

「鎮魂歌」 

この唄の効果は、ゲームシステムによって違います。
普通は、呪歌だけで死者を昇天させるのはとてもムズカシイと思います。

(それが出来たら、アンデッドに対してほぼ無敵になってしまいますからね。
何しろ、声が届く限りの範囲に有効な上に、生者には影響を与えないし)

お話のオチとしてはきれいなのですが。

ゲームでこれを許すと、あっという間にシナリオが終了。
他の人の出番がなくなってしまいます。

第一、神官の立場がない。

この小説はまあ……
「実際のゲームとは異なる点があります」ってことで。

いい加減な作者で、ごめんなさい。

 

それでは。ここまでお読みくださったあなたに心からの感謝を。

 

 

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