心からの贈り物 What do you want to me?……サモンナイトSS3

 

あの人に、贈り物をしたい。

心をこめて。

 

「命令に一部不明瞭な要素があります。
 もっと具体性のある検索ワードをお願いします、アルディラ様」

 温度差のない声で語りかけられ、アルディラは我に返った。

「…わたし、声に出した?」
「検索をキャンセルされますか?」
 重ねて問われ、アルディラは首を横にふった。

 あの人の喜ぶ顔が見たい。
 そう思いつつ思考をめぐらしていたのが、いつの間にか独り言になっていたらしい。

 自分のそばにかしこまって控えている看護医療用機械人形を見る。
 患者に安心感や信頼感を与えるため、このタイプには表情が付加されているはずなのであるが…。

 この娘はまだ教育途上のようである。
 今のところ、彼女との会話に表情の変化を見せたことはない。

「あなたにも考えてもらおうかしら。あの人が喜ぶ物ってなにかしらね」
「不可能ですアルディラ様。私には『考える』という機能はありません。」
 人形らしいひたむきさで、彼女を見つめる…クノン。

「そんなことはないわ。目的のために最善の道を探す…それが『考える』ということじゃないかしら?」
「そうでしょうか」

 わずかに首をかしげる。
 合理性とは無縁なアクションだが、人の相手をするために作られた機械人形は別だ。

 今の会話の流れから、自然にこのしぐさが出たのなら。
 クノンの感情プログラムは非常に高性能で、しかも正常に働いていると見ていい。

「…そうよ。だから、わたしはこう言うの。『一緒に考えて』って。覚えていてちょうだいね」
「了解しました。
 『一緒に考えて』を、『アルディラ様のための情報収集および分析・整理作業の全工程』の正式名称として登録します」

「う〜ん」
 そういうことを言いたいわけじゃないんだけど。
 …この娘の感情プログラムが開花するのは、まだまだ先のようね…と、アルディラはこっそりため息をついた。

 

 

「兄の…好きなものですか?」
 その日の午後、アルディラは自室に一人の少女を招いた。恋人の妹、ファリエルである。

 あの後クノンに「情報の絶対量が不足しています。正しい戦略には豊富で信憑性のある情報を」
 と言われ、アルディラはいまさら恋人の好みを知らないことに気づいた。

 というか。
 クノンの言葉でまじめに情報収集始めてしまうあたり…彼女も、本人の自覚より恋愛に奥手なのが明らかだ。

 とにかく。

 それならハイネルの身内であるファリエルの話を聞くのが一番だろうという結論に達した。
 そしていきなり午後のお茶会である。行動が早い。

 茶飲み話がいつのまにかそういう話題になり、ファリエルは戸惑いながらも一生懸命に考える。
「あの…今兄が一番好きなのは、お義姉さんだと思います」
 寸分のいやみも皮肉もこめられていない、ど真ん中直球の発言。
 正面から食らって、アルディラは耳まで真っ赤になった。

「あ、ありがとう…じゃなくて! わたし、あのひとにプレゼントをしたくって。それで…」
 背後でかすかにきゅーんという電子音が響く。
 耳ざとくそれを聞き取ったアルディラが、振り返りもせず命令した。

「クノン! 今の部分は記録しなくていいわ!」
「…最重要事項だと認識しましたが」
「いいから!」

 真っ赤になったままのお義姉さんと、無表情な看護人形を見比べて、ファリエルは少しだけ、笑った。

 

 

「兄が喜びそうなもの…ですか」
 ファリエルは真剣に困っている。
 なにしろ、彼女の知る限りハイネルは「無趣味」な男だ。
 音楽や絵画にも興味がないし、子供のころから身体を動かす遊びにも関心がなかった。
 彼女の覚えている、兄に関する最も古い記憶が「自宅の図書館で本を読む姿」だった。

 思い返してみると。
 彼女が成長して視点が変化しても、兄はいつでも図書館の一部のようにそこにいたように思う。

 しいて兄が一番興味を持っているものをあげるなら、「召還術」だろうが。
 これがプレゼントにふさわしくないことは、ファリエルにだってわかる。

「兄さんの好きなもの…もの……」

 着る物にもこだわらない。
 住む場所も勉強の妨げにならない程度に静かだったら、あとはベッドがあればいい…。
 なんとも、きわめてラフな生活習慣の持ち主だ。

 誘われたら友達と出かけることもあるが、自分から外出することはめったにない。
 そんな兄に「恋人」を紹介されたとき、彼女は(いったいいつどうやって知り合って、そんな仲になったんだろう) と心から疑問に思ったものだった。

「あ!」
 しばらくして、ファリエルが目を輝かせながら立ち上がった。
「お義姉さん! 料理はどうですか?」
 アルディラがお菓子を作り、今日のようにお茶会を開く。それがファリエルの提案だった。
「甘いもの好きですし、お義姉さんの手作りだったら、きっと喜びますよ」

 手を胸の前で組んで力説する義妹の妙な迫力に、アルディラは思わず頷いてしまった。

 

「砂糖…小麦粉…卵と…バター。ココアもあったほうがいいかしら」
 つぶやきながら材料を出すアルディラの横で、クノンがそれらをレシピ通りに量って並べてゆく。
 調理台の上には、番号札付きで整列する材料と道具。
 今から料理番組の公開録画でもはじめようかという物々しさである。

「わかったわ」
 やがて、レシピを読み終えたアルディラがバターを湯煎にかける作業に取りかかった。
 隣ではクノンが泡だて器を手に、卵白と向かい合っている。

「メレンゲ製作作業を実行します」
 指差し点検しそうな律儀さで告げると、彼女の手首が高速回転して泡だて器がまわる。

 びょぉぉぉぉぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜。

 クノンの手首に回転装置がついている理由はいまだ不明だが、こうして結構役に立っている。
 バターの準備ができたときは、見事なメレンゲが完成していた。

「ありがとうクノン。メレンゲの出来がケーキの出来を左右するそうだから」
 そう褒めると、クノンは少し首をかしげて「どういたしまして」とつぶやいた。
「ところでこの『さっくりまぜる』って、どういう意味なのかしら」
「メレンゲをつぶさない程度に混合する状態と推定できます」

 さく。 さくさく。 さぱ。

「これくらいかしら?」
「流動物の上に他の材料が散在する状態を『混ぜた』とはいわないのではないでしょうか」
「そうね。じゃあ…」

 さく。さくさく。さくさくさく。ざく。

「どう?」
「初めての作業なので、保障はいたしかねます」
「それもそうね。…手作業で何かを作るのって、難しいわ」
 書いていて作者もこっそりそう思いました(^^;)

 

 夕刻。アルディラと食事をともにしようと彼女の部屋を訪れたハイネルは、妙なものを目撃することになった。
 勝手知ったる何とやらで室内に入ると、そこには暗雲が垂れ込めていた。
 いや、心象描写ではなく本当の黒い雲…というより黒い煙。そして妙な匂い。

 キッチンでは彼の恋人が、斬新なヘアスタイルでたたずんでいた。

「どうしたんだい?」と声をかけると、アルディラは我に返ったらしい。
 指差す先にはオーブンレンジ。半開きの扉からは、もにゃもにゃしたなぞの物体がはみ出している。

「…召還術の練習…じゃ、ないよね?」
 ハイネルが問うと、アルディラは恥ずかしそうにうつむき、首を横に振った。

「わたし…ケーキを焼こうと思って…」
 ハイネルは恋人の逆立った髪の毛を優しくなでながら、事情を聞きだした。

「…君、料理がしたかったんだ」
 頷く。

 正確には「料理したものを彼に食べて欲しかった」のだが、そんなことはとても説明できないアルディラだった。

「そうか……。料理か。大変だね」
 うんうんとなにやら納得するハイネル。

 ふたりの邪魔をしないよう静かに片づけをしているクノンに後を任せ、その場はそのまま収まった。

 

 後日、ハイネルから「アルミ製の大なべ」がアルディラに送られた。
 料理が苦手らしい恋人への気遣いに、アルディラはてれながらも喜んだのだが……。

 それについての顛末を決して彼女は語ろうとしなかった。
 その上、クノンの記録は誰かの手によってデリートされていた。

 なべの正体が判明するのは、もっとずっと後のことになるのであった。

 

 おわり


 い・い・わ・け

 「願い事をどうぞ!」を書いたとき、「鍋を発明したのはハイネルさんじゃないか」

 ……というネタを振ってくれたのは夜柚さんでした。

 これはネタに出来ると温め続けて数ヶ月。やっとお話が出来ました。

 でも書いてるうちにアルディラとクノンのやり取りが楽しくなって、鍋の話はオチに押しやられてしまいましたが。

 クノンは、バトル中に時々待機姿勢のまま手首を「くるくる」回しています。アレって何のために付いている機能なんでしょうね。

 さくさくさく……のあたりで「これは失敗するね」と思った方は、ケーキ制作経験者だと思います。

 はい。混ぜすぎると失敗します。でも普通は爆発しません(笑)

 漫画なんかだと必ず破裂するのは何故でしょう。面白いからまあいいか。

 それとハイネルさん。どんな人か判らないので、想像で書きました。

 ファりエルの語るハイネル像は、「先生の休日」の先生さん達を参考にしてみました、いかがでしょうか。

 

 もしよろしかったら後日談にもおつきあいください。 こちらです。

 

 


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